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坂村眞民先生、命のことだま展

坂村眞民先生「どう生きるか」『命のことだま展』が

愛媛県立美術館分館(萬翠荘)で行われている
〜2007/5/6まで

当たり年96歳の時に書かれた「国境のない鳥になる」をはじめ
数々の書などが展示されている。

(萬翠荘:愛媛県松山市の中央松山城の山の南中腹)

NHKのアーカイブで眞民先生の「念ずれば花開く」してましたけど、その中でも、“男は何に命をかけるかが命題”とおっしゃって
います。世の為、人の為に何かを見い出して後世の人に残すこと。
会社・企業においてもそれはいえることでしょう。
会社・企業は個人の者ではないし、企業の役割とは、世の中のためにどう貢献するかですね。

そういう意味では、先生の教えはに個人に限らず企業においても
良き指針となることでしょう。企業は個人の集まりですから
当然です。

弱っている人が読めば、力が出る。喉が渇いている人が読めば
喉が潤う。本当にそんな金言です。
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故事・先達を引用する

会社・企業にとって大事なことは、業績が上がることです。
決してトップが自分を誇示することではありません。
責任者であるならば、その部門の業績を上げることです。

私は人を使うと言う言葉は嫌いです。出来れば人を生かす(活かす)と考えたい。

社内でのコミュニケーションは重要ですが、経営者、役員に限らず
上に立つものは、直接的に自分の意見を言わないほうがよい。
人は、それぞれに能力を持ち、経営に秀でたものが経営者となり
技術を磨いたものが、現場で働いていると思うのです。
職業・役職に貴賎は無く、人はそれほど能力差があるとは
思いません。

昨日まで席を同じくしていた者が、今日は上司になったから「自分の意見はこうだ!」と言っても、上手くいかないでしょう。

自分の意見ではあるけれども、故事の引用や先達の言葉や威厳を
用いるのです。

小泉純一郎首相(当時)は
「明治初期、厳しい貧困の中にあった長岡藩は、救援のために
届けられた米百俵を、明日の人作りのために使おう。
米百俵を将来の千俵、万俵にするため学校設立に使いました。
今の痛みに耐えて、明日を良くしようとする『米百俵の精神』こそ
改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしょうか。」
このように故事やエピソードを引用することによって、自分の
意見でありながら、それに権威をつけているのです。
国民は「なるほど!」と納得、感動すら覚えるでしょう。

こういう引用をするために故事を学び、名言を覚えるのではないのですが、効果的なのは事実です。

先人の知恵や金言・名言を学ぶことは、正しい方向へと導く
指針となり、独善的な考え・行動を正してくれます。
よく咀嚼して、自分のものとして心から発する声にしなければ
なりません。
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企業不祥事に

企業不祥事が相次いでいます。
考えて見ると、昔はこんなに不祥事があっただろうか?

一つには、人権が見直された事、見直されたというよりは、等しく人権というものの大切さが確立されたというべきかも知れない。

また、一つには企業モラルを問う声が高まった。これについては、
マスコミも一役を担っている。マスコミ報道が同だという論議は別にしても。それによって関心が高まったことも。

商品、製品の安全性の基準が、確立されたことも要因のひとつかも知れない。

いろいろな要因はあるにしても、日本はどうもおかしい。
利益第一主義になっているように見える。パ●マやリ●●イ
関●TV、不●家・・・インフルエンザ治療薬タミフルにおいても同じような匂いがするのは私だけでしょうか・・氷山の一角だと言う指摘もある。

儲け主義、利己主義だと考えれば全て納得する。

昔なら、まだ全然大丈夫だという原料でさえ今は安全性の基準で
使えないものもある。これはもっともなことで、それについては
なんら否するものではない。しかし安全性第一の製造というよりは
少しでも製造コストを下げようとすることに重きを置いているような気がしてならない。企業努力は大事なことでコストダウンがいけないとは言わないが、順番が逆ではないだろうか?

同族会社やワンマンなトップの企業が目につくが、従業員の使い捨て的な企業姿勢が見えなくもない。
企業にとって一番大事な事は、コストダウンすることでもなく
企業資産を増やすことでもなく、まして企業は個人の物ではない。

従業員、消費者の意見を十分に聞き、企業内でのコミュニケーションを充実させて、トップは真摯に受け止める器量が無ければ、安定も成長もないと思うのです。

難しいことではなく、人間としての当たり前のことがなされているかが問われているのです。企業トップであれ、一従業員であれ、何が大切なことであるかをあらためて考え直す良い機会であると思います。

企業セミナーやコーチング、哲学、宗教など先人の良き手本を今一度紐解いて見るのも良いかもしれません。
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不二家消費期限問題に思う

企業経営の基本を問われることが起こりましたね。

パロマもそうでしたが、不二家の不祥事対応には唖然とさせられました。

どちらも同族会社です。同族会社の一番悪い面が出たようです。

さんざん報道されていますので、詳細は割愛させていただきますが

ハダカの王様で、物言う社員がいなかったんですね。

いかに企業内でコミュニケーションが取れていなかったが

わかります。また、絶対主義的な経営方針(実質的に)だったかも

わかりますね。

企業で大切なことは、従順なイエスマンを多く育てることではなく

善か悪かを判断でき、もし間違った方向に行くようなことがあれば

進言するような社員を育てることなのです。

一時的には、あるいは見かけは誠に問題なく企業経営が出来ている

ようだが、利益優先のシステムと言うしかない。




私は、不二家の不祥事を聞いた時、人間学誌「致知」の記事を

思い出しました。

5年も前の記事、ウシオ電機の牛尾治朗さんによる関東の言葉です。

意味合いは少し違うかもしれませんが、

*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚
世の中の主な価値基準には
「好きか嫌いか」「損か得か」「本物か偽物か」「善か悪か」
その四つが共存しており、・・・・・。
*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚

なんとも意味深い四つの言葉です。

不二家が今後どうなっていくかはわかりませんが、企業は

個人の物ではなく、私利私欲のために企業を利用すれば

そこに携わる、関わる多くの人の生活をも脅かすことになることを

肝に銘じてほしいものです。



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念ずれば花開く・坂村眞民先生逝去


------『念ずれば花開く』---------- 
 
  念ずれば

  花ひらく

  苦しいとき

  母がいつも口にしていた

  このことばを

  わたしもいつのころからか

  となえるようになった

  そうしてそのたび

  わたしの花がふしぎと

  ひとつひとつ

  ひらいていった
---------------------------------
12月11日仏教詩人・坂村眞民先生が逝去されました。

初めて真民先生のことを知ったのは20年以上前のこと。

まだ若かった私は、この詩を胸の奥に刻み付けた。

それ以来この詩は、私の自己啓発の源となった。

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私は坂村眞民先生と同じ愛媛に住み、永らく先生の詩に触れさせて

頂きました。当時「念ずれば花開く」でつながる句碑の建立が

盛んでした。眞民先生を語る時、どうしても思い出すのが

田中一村画伯です。「芸術は貧困の中からしか生まれない」と

東京画壇に決別し、奄美大島で絵に生涯を捧げた、私の大好きな画家である。

私は後になって知ったのですが、眞民先生は、その絵を

観に奄美まで行かれています。

詩と絵の違いはあっても、なんとなく相通じるものがあると

思っていたのですが・・・。

その時に詩を作られている。
--------------------------------
  このたびの奄美行きは

  相寄る魂の

  実現であった

  まったく

  そうとしか思えない

  旅であった

  絵描きの魂と

  詩作りの魂とが

  相呼び合い

  奄美で

  相結び合ったのだ
----------------------------------

眞民先生は、田中一村の絵には人生を変える力がある。と

いておられる。一村画伯の絵が人生を変えるなら

眞民先生の詩も人生を変え、生きる力を与えてくれます。


ありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。        合掌



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企業経営、会社経営、澤木興道老師に学ぶ


現代になお色あせぬ澤木興道老師の教え


名もいらん、金もいらん、寺も妻もいらん、無所得の生涯。


今の政治家、官僚、企業家はどうでしょう

名は高らかに、金は有り余ってもよし、妻どころか・・・

社員を無所得にしても、金は残すぞ!


そう取られても致し方ない不祥事の数々。無駄遣いの数々。


澤木老師のことを書くと、ブログ1つでも言い表せないので

割愛しますが

教えの中にこんなことがあります。


「屁一つだって、人と貸し借りできんやないか。人人(にんにん)

みな『自己』生きねばならない。おまえとわしとどっちが器量がいいか

悪いか-------そんなこと比べてみんかてええ。」


「得は迷い、損は悟り」

松下幸之助翁もこんなことを思っていたに違いないと思えるのです。

実際に思っていたかどうかは、分かりませんが、

暖房器具回収の対処を見る限り、いまだ息づいている

幸之助翁の教えが垣間見えるのです。


得は迷いどころか、堕落、崩壊であるとさえ思えます。

損は悟り。そして強い企業、強い国になるのです。


軍事力こそが強い国だと勘違いしている国もありますが・・。

美しい国も悪くはないけれど、よい意味で強い国、強い企業

強い人材を育てることが重要ではないかと思う。


権力でもなく、特権でもない強い人格。

得を追い求めた結果の無駄遣いより

「損は悟り」とまでは言わないが、国民のための国政、行政

企業経営を望みたい。



リーダーシップの崩壊、若者は夢を持てるのか


経営の神様と言われた松下幸之助翁が亡くなられて

十数年、今でも尚、経営、リーダーシップなど、教えを紐解く人があとを絶たない。


国政・地方行政において問題が山積し、国難、地方難に陥れたにも

かかわらず、平気で議会に座っている議員達。いじめによる自殺問題を

担任教師、学校長に押し付け免責地帯に逃げ込む文部科学省の官僚。

私利私欲、名誉欲に固執して会社を窮地に追いやっておきながら

責任逃れをする経営者。

およそ、松下電器の不具合暖房器具の回収対応とは雲泥の差がある。

会社経営、企業経営の基本が、脈々と受け継がれているに

他ならない。

「雨が降ったら、傘さしますやろ!」

常に消費者、愛用者、お客様の利益を優先。どうしたらお客様に

喜んでいただけるか、もっと便利なものが作れないか?

そんな基本的な経営の鉄則が息づいているんですね。



前述した、悪しき風潮の人たちを目の当たりにしている

若者は、本当に夢を持てるのでしょうか。



よきリーダーシップを持つこと、正しいコーチングをすること

その前に、自分自身が礼節をわきまえていなければならない。

たとえ大勢が可といえども、社会正義として進むべき企業の

道ではないと思えば、一人になっても不可といえる心構え。

どんな立場の人の意見であっても、話を聞く謙虚さ。

コミュニケーションを部下から取ってくるようでなければ

本物のコミュニケーションとは言えない。


金さえ出せば、企業失態の免責が出来る。辞任すれば

それで終わるなどと思ってもらっては困る。

自分の利益を優先する輩がいる間は、公費の無駄遣いも

あとを絶たないだろう。

幸之助翁がご健在なら何と言われただろうか。


松下幸之助翁名言

会社経営を語るのに忘れてはならない人が

松下幸之助翁でしょう。その名言、金言を少しご紹介。

「私は、運が良い」

本当に努力を重ねた人にしか言えない言葉でしょう。常にこの言葉を

胸に抱いてポジティブに物事を考えるクセを付けたんでしょう。

健康心理学第一人者・医学博士、佐藤富雄先生と天風会、清水栄一氏の

会談でも言葉グセが運命を変えるということを重要視しておられます。



自分には自分に与えられた道がある。 逆境は尊い。しかし順境もまた尊い。
人生は真剣勝負である。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば“なぜ”と問うタネは随所にある。
自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。
進むもよし、とどまるもよし。要はまず断を下すことである。

一つの会社の社員であっても、自分でその職業を選んだからには、
「自分は社員家業という一つの独立経営者である」
という信念を持って仕事をするということである。

人生は真剣勝負である。

素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば“なぜ”と問うタネは随所にある。

自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、
自己もまたおのずから生きるようになる。

自分をほめてあげたいという心境になる日を、一日でも多く持ちたい

仕事をするに当たって、まず心を磨く

苦難がくればそれもよし、順調ならばさらによし

雨が降れば傘をさす

「まだ足りないかもしれない」と考える

悩んでも悩まない、そういうように感じることができれば、人生は決して心配することはない

成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になろうとしなさい。

成功とは、成功するまで続けることだ

世の為、人の為になり、ひいては自分の為になるということをやったら、
必ず成就します。

行き詰ったときは決してうろたえてはいけません。
無理をせず、十分に休養して力を養うのも一策です。

一方は「これで十分だ」と考えるが、もう一方は「まだ足りないかもしれない」と考える。
そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む

成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になろうとしなさい。

成功とは、成功するまで続けることだ

私は人の話を聞くのが上手です。私は学問のある他人が全部私よりよく見え、
どんな話でも素直に耳を傾け、自分自身に吸収しようとつとめました。
よく他人の意見を聞く、これは経営者の第一条件です

常に信念を持って主体的に生きるためには、やはり心静かに、
われ何をなすべきかを考え、
そのなすべきことをひたすらになしていくことが大切である

偉人のやり方をそのまま真似るというのではなく、それにヒントを得て
自分の持ち味に合わせたあり方を
生み出さねばならないと思う

叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である

恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持が大切

失敗の原因を素直に認識し、「これは非常にいい体験だった。尊い教訓になった」というところまで心を開く人は、後日進歩し成長する人だと思います

春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生き甲斐も感じられてきます


人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、
立派な知恵才覚を持っている人でも、
それを十分に生かせません。しかし気分が非常にいいと、いままで気づかなかったことも考えつき、だんだん活動力が増してきます

道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる

青春とは心の若さである。信念と希望に溢れ、勇気に満ちて、日々新たな活動を続ける限り、青春は永遠にその人のものである。


どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである


人生にはカメのような歩一歩の歩みが大切。二歩三歩い
っぺんに飛ぼうとすれば失敗する

道を開くためには、まず歩まなければならぬ。心を定め、懸命に歩まなければならぬ。

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、
二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。せまい時もある

志を立てれば、事はもはや半ばは達せられたといってよい


人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。
だが、今までよりも一時間少なく働いて、
今まで以上の成果をあげることも、また尊い。そこに
人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。

命じたからには、これを追求しなければならぬ。
どこまでもトコトン追求しなければならぬ。
それが命じた者の責任ある態度というものであろう。


やっぱり大事なことは、他人の評価もさることながら、
まず自分で自分を評価するということである。自分のしたことが、
本当に正しかったかどうか、・・・
素直に正しく自己評価するということである。


こどもの心には私心がない。とらわれがない。いいものはいいし、
わるいものはわるい。
だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。




言葉グセとは本当に恐ろしい。心に思う。常に言葉に出す。

何百回、何千回と言葉にするうちに、本物になるから不思議です。

最初は真似事でもよいから、言葉グセを実行してみる。

正しい信念に裏づけされた言葉は、人を動かす。

人の言葉に耳傾けることこそ、企業を、会社を前進させる

唯一の方法ではなかろうか。それが、たとえアルバイトであっても

パートタイムであっても、社員であっても一様にコミュニケーション

することで、よりよいリーダーシップも取ることができる。

また、小さな意見を会社経営に反映することが出来る。

どんな人の意見をも聞くことは、自分を向上させ、ひいては

企業を向上させる唯一の方法に他ならない。


瀬戸内寂聴さんのこと

村瀬明道先生からはじまったこのブログですが、同じ尼僧として

忘れてはならないのが、瀬戸内寂聴先生です。

先日、文化勲章をお受けになりましたが、私が初めて

お会いしたのは、かれこれ20年も前のことでしょうか。

小柄な方でしたが、存在感がありました。

あるパーティーで、お会いしたのですが、そこには、

あの、ロッキード事件で世間を騒がせたメンバーや

○○ヨットスクールの○○さんも同席でした。


瀬戸内さんのスピーチに感動したのを覚えていますが、

前述の方々には、(一概には言えませんけれど)

馬の耳に念仏だったのでしょうか?

しかしこの方々が、日本経済をリードしてきたことは

紛れもない事実です。

もうお一人、池田智鏡さんも尼僧です。

尼となることが運命であったのなら、恋という因果が

尼にならしめたのかもしれません。

説法や相談などご活躍のお三方ですが、共通して

恋を経験し、裏打ちされたものがあればこそ

出来うることかもしれません。


話をパーティーのお歴々に戻しますが、人を引っ張って

いく立場にあり、リーダーシップをとる立場の方々が

失脚せざるを得ないことになったのは、リーダーたる

魅力がなかったのでしょう。

日本有数の会社のトップに求められるものは、一種のカリスマ的

経営手腕であり、経営者たるものの基本を後の者に

受け継いでいくことです。


確かに企業を育て上げてきた、また守ってきた功績は評価されますし、

自信でもあったでしょう。 その自信が驕りに変わったとき

突然変わり始める。 ワンマンで周りのことにも耳を貸さず、

裸の王様になってしまった。

部下あるいは、周りの人とのコミュニケーションを図り

適切なアドバイスやコーチングをすることで信頼関係も

生まれてくる。

心の修養を積み、人物を修め、コミュニケーションを図り

一方的に押し付けるのではなく、社員の能力を十分に引き出し

コーチングしていくことが真のリーダーシップであり

企業を円滑に機能させる唯一の方法ではなかろうか?



尼僧お三方の金言・名言はともすれば個人の悩み事相談のように

思えるかも知れないが、その中には世の中を生きていく

基本的な教えが、散りばめられているのです。


これを会社経営に、企業経営に活かすことも十分出来ると思う。

瀬戸内寂聴さんの講話を聴くにつけ、そんなことを思うのです。


村瀬明道先生の言葉、一番罪深き事。

自分を誤魔化すことが一番罪深き事

村瀬明道先生の言葉です。

企業の不祥事があると、必ずというほど、この

誤魔化しがある。そんな中で松下電器の

暖房器には、さすが松下!と思いました。

常にお客様が何を望んでいるのかを一番に考えている

松下幸之助翁の真髄が脈々と受け継がれている。


誤魔化しとは、まさに自分を擁護する行為。

責任回避をしているに過ぎない。

常に、相手のことを考えれば、誤魔化すことが、

いかに大罪であるかが、わかるでしょう。

企業コンセプトも、こうであってほしい。

つまるところ、誤魔化せば、誤魔化すほど、企業価値は

下がり、社員のモチベーションすら、落ちてしまうでしょう。

企業にとっては、一番怖いことでしょう。

身内まで不信感を抱いてしまうのですから。


会社は、もちろん経営者の者ではありません。

トップのリーダーシップが崩壊したとき、会社の崩壊が

待っているのです。労働していただいている方々から

信頼されないようでは、リーダーシップは当然取れません。

コミュニケーションも当然取れていないでしょう。

より良いコミュニケーション、より良いリーダーシップ、

より良いコーチングに必要な事とは、誤魔化して

企業の責任を回避することではなく、間違いを認める

潔さと、心からの謝罪です。


どんなコミュニケーション術も、リーダーシップも

高い信頼関係にのみ、有効なのです。

むしろ、高い、確固とした信頼関係があれば、

放っておいても、企業は伸びるといっても過言ではないでしょう。



村瀬先生の言葉から、こんなことを思いました。



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