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村瀬明道先生の経歴

村瀬明道尼 臨済宗系 瑞米山 月心寺住職

大正13年愛知県に11人兄弟の5番目として生まれる。

9歳の時、父の希望により京都・高源寺の養女で仏門入り、

岐阜市の天衣寺・美濃尼衆学林での修行後、

京都府八幡市の水月寺副住職、福井県高浜市海見寺正住職を経て、

滋賀県大津市の月心寺へ。




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新井正明 住友生命保険名誉会長

新井正明 住友生命保険名誉会長
平成15年11月27日、90才で逝去 合掌

新井正明先生は、
戦争で右足を失い、自らを「拾いもの人生」として住友生命を
「最強最優の道」に導いた。
古典を自らの根幹として事業経営に邁進した。

自分の力を限るなかれ!
『無限を信じる力が常識を超える』



「なぜここまでくることができたのか。それはやはり、いろいろな人の

ご縁のつながり、そして恩をこうむってきたからだ。

だからこそ、謙虚に世の恩、人間の出会いに心から感謝する気持ちが必要だ」


このような素晴らしい経営者ばかりなら、企業不祥事も
起こらないだろうに。

企業内のコミュニケーションであるとか、コーチングであるとか
企業コスト、労働者コスト・・などなど
企業診断するプログラムもたくさんあります。
それはそれで、大変有効なことだと思います。
しかし、ベースがあってのこと。
基本理念がきちんと確立されていなければ
馬の耳に念仏。

突き詰めれば、企業を支えるのは人だという事なのでしょうか?
また、経営の究極は人間にあると言えそうです。

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企業内コミュニケーション・プリミティブな教え

・単純明快な教えこそが企業経営、会社経営を強くする。

このブログに登場していただいた三人の尼僧の方々をはじめ

多くの宗教家は、プリミティブな教えを説いています。

そしてそれは個人に対しての教えです。



企業・会社は何によって成り立っているのか。

当然、働く社員であったり、パートさんだったり、

アルバイトさんも一役を担っているのです。



・企業経営、企業内コミュニケション・プリミティブな考え方

企業の不祥事が出るたびにプリミティブ(基本)なことが

欠けているような気がしてなりません。

人を騙したり、必要以上に欲張ったり、嘘をついたり

正しい生き方が出来ていない経営者の下で

企業を強くする人材が育つ訳がありません。


お金儲けの方法や手段に、人より秀でていた経営者が

その才能ゆえに、人間として正しい生き方をせず、

自分を過信してしまった結果、一線を越えたところにまで

手を染めてしまい、企業崩壊を促したのかも知れません。

「才子、才に溺れる」とはこのことでしょう。



普段から、人間としての正しい生き方を提唱し、企業内コミュニケーション

よりよいコーチングによる社員教育

よきリーダーシップを取っていたならば、

社員であれパートであれ、アルバイトであっても

たとえ、道に外れた企業経営戦略を強要したとしても、正しい企業経営戦略へと

苦言を呈する人が必ず出てくるでしょう。

むしろ、そうでなくてはならず、コミュニケーションも

取れていないワンマン経営者では、正しい会社の

方向性も見失ってしまうでしょう。



コミュニケーション、リーダーシップ、コーチングが

上手く機能するためには、トップのプリミティブな

人格形成がまず第一に必要なのではないかと

お三方の説法、金言を聞いていて思うのです。


お金儲けの勝者=人生の勝者?

お金儲けの勝者=人生の勝者?

地方TV局に、スポーツジャーナリストの宮崎清純さんが

ご出演されていましたが、興味深いことをポロリと・・・・。

その地方の山村を訪ねたレポートの後

「必ずしも、ゲームの勝者が人生の勝者ではないということが

最近解ってきました。ゲームとは、スポーツゲームやお金儲け。」

経営者として成功することも並大抵なことではないし、それはそれで

たいへん評価すべきことです。

しかし経営勝者・お金儲けの勝者と人生の勝者がイコールでは

ないのです。もちろん、十分承知されている方もたくさん

いらっしゃいます。


人生の勝者には、形として残るものは無いかも知れません。

形では無いものを得ることが人生の勝者になれることかもしれません。


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坂村真民先生に学ぶ経営学


仏教詩人坂村真民先生の詩に
--------------------------
尊いのは
頭ではなく
手ではなく
足の裏である
一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その務めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
頭から
光が出る
まだまだだめ
額から光が出る
まだまだいかん
足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である
--------------------------
なかなか意味深い言葉である。

私など光も出ない。

頭や額から無理やり光を出している方もおられますけど

経営者は縁の下の力持ちで無ければならない。

光り輝くのは、社員や従業員であればいいのだ。

どうも光り輝いていたい経営者が多くて困る。

経営者だけにとどまらず、政治家や官僚にも

いるから始末が悪い。

日本には古来より

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが

私が私がという自己顕示欲の旺盛な輩も、少しは頭でも

垂れてくれれば、嫌な頭からの光の照射も半分で済むのに

垂れるどころか、不始末でさえ逆切れして

踏ん反り返っている始末。

経営王の松下幸之助翁が、なんとなく猫背に見えたのは

私だけでしょうか?

消費者のこと従業員のことを自分のことより先に考えていた

謙虚さがそうさせたんでしょうね。

幸之助翁の靴の中はさぞピカピカだったに違いありません。



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澤木興道師の教えを伝えてくれた教師

企業にとって、業績を上げることは
大事なことですが、
業績を上げるために何をしてもいいものではない。

企業は、社長の物でもなく、働く従業員の
物でもなく、社会の物なのです。
社会とは、企業のサービスや物品を
受ける人です。

企業は、社会に貢献することを
第一の命題にしなくてはならないのだと
私は思っている。

そんなことはわかっている。

それでは、なぜこう不祥事が起こるのでしょう。
偽装、流用・・が後を絶たない。



私の通った高校は、決して進学校では無く、
むしろ進学校の滑り止め。
そんな高校に、一人の物理の先生がいた。
1時間の授業内容が早く終わったときに
いつも話すのは **「澤木興道師」のこと。
話の内容は、哲学的で、当時の私には
難しすぎて、正直内容を覚えていない。
ただ、「澤木興道」という名前だけなぜか
頭の隅に残っていた。

いつしか当時の先生の歳になり
ある本で澤木興道師の記事を読んだ。


卒業後、大学に行く者、就職する者
職業も地位も様々。
どんな道に進んだとしても
物理が役に立っている者は少なかろう。

しかし、澤木興道師のことを覚えていて
その後の人生の糧にしたものは
少なくとも一人いる。
そしてこの記事を書いているのです。

この先生は早期に退職し、今は郊外で
農業をしている。
自然農法で。

先生の蒔いてくれた種を自分の中で大事に
育てている生徒がいることを
いつか伝えることができるだろうか。


**
澤木興道(明治13〜昭和40)
曹洞宗の僧侶。
最後の禅僧と言われた。
三重県に生まれ、多難な幼少期を経て
佛道へ。
座禅一筋の生涯を貫いた。
昭和10年、駒澤大学教授、大本山總持寺後堂。
修行僧の指導、公演などで日本各地を東奔西走。
一生涯、寺を持つことなく「宿無し興道」と
あだ名される。
86歳で遷化された。
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三屋裕子、テンアローズ社長解任

テンアローズ創業者林宏子社長(当時)から企業イメージアップなど企業刷新を要請されて起用された三屋裕子さんら現経営陣が、定期株主総会で創業家
の林勝哉氏から「業績不振」を理由として自らの社長就任と創業家中心の新経営陣への移行を求める修正案を提出、可決された。

議決権ベースの過半数を超える株式を所有しているため、仕方がない・なすすべ無しといったところだが、ここでもまた、企業にとって大事な事がないがしろにされる経営に移行するのではないかと思ってしまう。

企業ですから、家内工業とは違います。多くの従業員、スタッフが働いているわけで、既に個人ベースの企業規模ではない。
従業員、スタッフ、地域、社会的責任など、企業として果たさなければ成らないことがある。個人の者ではないのです。企業は誰のものかといえば、株主の物というかもしれない。
しかし、本来企業とは消費者や従業員のも物という企業理念を持つべきだと思うのです。そして、そう言った理念を持ったところが優良企業として名を残していて、現在も元気な企業として社会に貢献しているのです。

企業不祥事が尽きない、つい先日もミートホープ・コムスン・・など
話題に不自由しないほどですが、共通することは、ワンマン経営者であることでしょうか。同族会社が多いのもこれによるものでしょう。
企業内でのコミュニケーションが十分に行われないからでしょう。
ワンマンならコミュニケーションどころではない。独裁者の如くです。


創業者一族による経営陣を提案、可決されたということは、誰にも文句は言わせないぞ・・こんな言葉が見え隠れするのである。

そうならないことを願って止まないが、そんな線路の上を走っている気がしてならない。

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坂村眞民先生アーカイブ

久しぶりに坂村眞民先生の声をお聴きしました。
NHKのアーカイブです。

「念ずれば、花開く」心に沁みる言葉です。
眞民先生曰く、
念ずればその通りになるということを疑わないことが花を咲かせる
言い換えれば、信じきることで花を咲かせることができる。

仏教詩人の眞民先生、その転機とは一遍上人との出会い。
「六十万人決定往生」を唱えた上人、二十五万人で道半ばした
後を引き受けるという壮大なもの。
残りの三十五万人を、私にやらせてくださいというもの。
南無阿弥陀仏もよいけれど、現代詩にして皆さんに読んでいただく
・・・・・。
仏教詩人といわれる所以。

弱っている人が読めば力が出る。喉が渇いている人が読めば喉が
潤う。世の為、人の為に何ができるか。何かを見出して後世の人に残すこと。男は何に命を懸けるかが命題である。

愛媛県松山市の道後温泉の山手に一遍上人の生誕地である
宝厳寺(ほうごんじ)がある。一遍上人と縁を結び多くの人と
縁を結び、終焉の地と定める。その縁が後の世の人と結ばれるのを
願って・・。

宝厳寺・一遍上人ゆかりのお寺 ← 写真撮影してきました

二度とない人生だから

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけてゆこう
二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさぬように
こころしてゆこう
どんなにか喜ぶだろう
二度とない人生だから
一ぺんでも多く
便りをしよう
返事は必ず
書くことにしよう
二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊に接してゆこう
二度とない人生だから
つゆぐさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめて
みつめてゆこう
二度とない人生だから
のぼる日しずむ日
まるい月かけてゆく月
四季それぞれの
星々の光にふれて
わがこころをあらいきよめよう
二度とない人生だから
戦争のない世の
実現に努力し
そういう詩を
一篇でも多く
作ってゆこう
私が死んだら
あとをついでくれる
若い人たちのために
この大願を
書きつづけてゆこう




折をみて、他の詩もアップします。
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平岩外四さん

東京電力元社長、会長、元経団連会長の平岩外四さんがお亡くなりになりました。
安岡正篤師の薫陶をじかに受けられ、その教えを支えに日本経済の第一線で活躍されてきました。
愛知県常滑市に生まれる。1939年(昭和14年)に東京帝国大学法学部を卒業し、東京電燈(現東京電力)に入社。1941年(昭和16年)には陸軍に召集され、ニューギニア戦線で多くの仲間を失った。終戦後、復職し、東京電力の中興の祖と言われる木川田一隆氏に徹底的に教育を受け、1976年(昭和51年)には社長に就任、1984年(昭和59年)には社長を退き会長に就任した。1990年(平成2年)から1994年(平成6年)までは第7代経団連会長も務めた。

平岩さんは、林繁之さん(安岡正篤記念館名誉館長)との対談でこんなことをおっしゃっています。

東京電力の社長に就任された時に、安岡正篤先生から“清の曾國藩の
「四耐四不訣」をいただきました。
冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、躁がず、競わず、
随わず、もって大事を成すべし

毎朝三度口ずさみ、昼もまた口ずさみ・・・・毎日呪文のように口ずさんでいるうちに、孤独感とか、辛いとか、そういうことが自然となくなっていって、辛いのは当たり前のことだと思えるようになりました。
・・ですから私が社長業に励む上で、本当に精神と実践の拠り所になりました。

少なくとも、自分一人で出来ることもあるし、先哲の教えを学んでいく方法もあるし、いろいろな」先生方の教えを改めて受け取る・・そういう努力をして自分自身の人間性を少しでもレベルアップしていくことが、やはり人間の生きる本来の目的だと思います。生きている限り続けて行かなければいけないことだと思います。
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潟fィー・エヌ・エー,DeNA・南場智子さん

潟fィー・エヌ・エー,DeNA・南場智子さん

DeNAといえば、ネットではおなじみ、ビッダーズ、モバオク、
モバゲータウンの会社です。
遺伝子DNAとeコマースとのイメージ造語です。

NHKの「プロフェッショナル」コミュニケーション術として
南場智子さんが紹介されましたが、それをまとめて書いてみます。

@ランチは部下ととる。
 VTR中、その日は新人と入社予定の3名でのランチでしたが
 自らお茶を注ぎ、母親のようにさえ見えましたね!印象深かった
 のは、「仲間だから」と言った南場社長の言葉ですね。

A自分のことではなく、部下のことを話題に選ぶ
 部下のことを話題に選ぶ。その部下としか出来ない会話をする
 相手のことを気にかけているというメッセージを伝える。
 (プライベートの話題も)

B命じたことを記録する。
 期日の前日には、自ら連絡をとる。
 個人を認識して、認知してコミュニケーションする。

C部下の情報を更新(アップデート)する。


「個人を認めて、感謝をするというのは社風としても大事にしたいところなので・・・・」

さすがですね。こういう社長の下で働きたいですね。
部下と同じ目線になって会話をしても、本物は威厳がありますね
それが損なわれるということは無いのです。

威厳が無いから威張らなきゃいけない、偉くないから偉そうに
しなければいけない・・こんなトップが多いですから。
企業不祥事が起きるのも無理はないです。
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坂村眞民先生、命のことだま展

坂村眞民先生「どう生きるか」『命のことだま展』が

愛媛県立美術館分館(萬翠荘)で行われている
〜2007/5/6まで

当たり年96歳の時に書かれた「国境のない鳥になる」をはじめ
数々の書などが展示されている。

(萬翠荘:愛媛県松山市の中央松山城の山の南中腹)

NHKのアーカイブで眞民先生の「念ずれば花開く」してましたけど、その中でも、“男は何に命をかけるかが命題”とおっしゃって
います。世の為、人の為に何かを見い出して後世の人に残すこと。
会社・企業においてもそれはいえることでしょう。
会社・企業は個人の者ではないし、企業の役割とは、世の中のためにどう貢献するかですね。

そういう意味では、先生の教えはに個人に限らず企業においても
良き指針となることでしょう。企業は個人の集まりですから
当然です。

弱っている人が読めば、力が出る。喉が渇いている人が読めば
喉が潤う。本当にそんな金言です。
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念ずれば花開く・坂村眞民先生逝去


------『念ずれば花開く』---------- 
 
  念ずれば

  花ひらく

  苦しいとき

  母がいつも口にしていた

  このことばを

  わたしもいつのころからか

  となえるようになった

  そうしてそのたび

  わたしの花がふしぎと

  ひとつひとつ

  ひらいていった
---------------------------------
12月11日仏教詩人・坂村眞民先生が逝去されました。

初めて真民先生のことを知ったのは20年以上前のこと。

まだ若かった私は、この詩を胸の奥に刻み付けた。

それ以来この詩は、私の自己啓発の源となった。

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私は坂村眞民先生と同じ愛媛に住み、永らく先生の詩に触れさせて

頂きました。当時「念ずれば花開く」でつながる句碑の建立が

盛んでした。眞民先生を語る時、どうしても思い出すのが

田中一村画伯です。「芸術は貧困の中からしか生まれない」と

東京画壇に決別し、奄美大島で絵に生涯を捧げた、私の大好きな画家である。

私は後になって知ったのですが、眞民先生は、その絵を

観に奄美まで行かれています。

詩と絵の違いはあっても、なんとなく相通じるものがあると

思っていたのですが・・・。

その時に詩を作られている。
--------------------------------
  このたびの奄美行きは

  相寄る魂の

  実現であった

  まったく

  そうとしか思えない

  旅であった

  絵描きの魂と

  詩作りの魂とが

  相呼び合い

  奄美で

  相結び合ったのだ
----------------------------------

眞民先生は、田中一村の絵には人生を変える力がある。と

いておられる。一村画伯の絵が人生を変えるなら

眞民先生の詩も人生を変え、生きる力を与えてくれます。


ありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。        合掌



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松下幸之助翁名言

会社経営を語るのに忘れてはならない人が

松下幸之助翁でしょう。その名言、金言を少しご紹介。

「私は、運が良い」

本当に努力を重ねた人にしか言えない言葉でしょう。常にこの言葉を

胸に抱いてポジティブに物事を考えるクセを付けたんでしょう。

健康心理学第一人者・医学博士、佐藤富雄先生と天風会、清水栄一氏の

会談でも言葉グセが運命を変えるということを重要視しておられます。



自分には自分に与えられた道がある。 逆境は尊い。しかし順境もまた尊い。
人生は真剣勝負である。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば“なぜ”と問うタネは随所にある。
自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。
進むもよし、とどまるもよし。要はまず断を下すことである。

一つの会社の社員であっても、自分でその職業を選んだからには、
「自分は社員家業という一つの独立経営者である」
という信念を持って仕事をするということである。

人生は真剣勝負である。

素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば“なぜ”と問うタネは随所にある。

自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、
自己もまたおのずから生きるようになる。

自分をほめてあげたいという心境になる日を、一日でも多く持ちたい

仕事をするに当たって、まず心を磨く

苦難がくればそれもよし、順調ならばさらによし

雨が降れば傘をさす

「まだ足りないかもしれない」と考える

悩んでも悩まない、そういうように感じることができれば、人生は決して心配することはない

成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になろうとしなさい。

成功とは、成功するまで続けることだ

世の為、人の為になり、ひいては自分の為になるということをやったら、
必ず成就します。

行き詰ったときは決してうろたえてはいけません。
無理をせず、十分に休養して力を養うのも一策です。

一方は「これで十分だ」と考えるが、もう一方は「まだ足りないかもしれない」と考える。
そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む

成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になろうとしなさい。

成功とは、成功するまで続けることだ

私は人の話を聞くのが上手です。私は学問のある他人が全部私よりよく見え、
どんな話でも素直に耳を傾け、自分自身に吸収しようとつとめました。
よく他人の意見を聞く、これは経営者の第一条件です

常に信念を持って主体的に生きるためには、やはり心静かに、
われ何をなすべきかを考え、
そのなすべきことをひたすらになしていくことが大切である

偉人のやり方をそのまま真似るというのではなく、それにヒントを得て
自分の持ち味に合わせたあり方を
生み出さねばならないと思う

叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である

恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持が大切

失敗の原因を素直に認識し、「これは非常にいい体験だった。尊い教訓になった」というところまで心を開く人は、後日進歩し成長する人だと思います

春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生き甲斐も感じられてきます


人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、
立派な知恵才覚を持っている人でも、
それを十分に生かせません。しかし気分が非常にいいと、いままで気づかなかったことも考えつき、だんだん活動力が増してきます

道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる

青春とは心の若さである。信念と希望に溢れ、勇気に満ちて、日々新たな活動を続ける限り、青春は永遠にその人のものである。


どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである


人生にはカメのような歩一歩の歩みが大切。二歩三歩い
っぺんに飛ぼうとすれば失敗する

道を開くためには、まず歩まなければならぬ。心を定め、懸命に歩まなければならぬ。

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、
二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。せまい時もある

志を立てれば、事はもはや半ばは達せられたといってよい


人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。
だが、今までよりも一時間少なく働いて、
今まで以上の成果をあげることも、また尊い。そこに
人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。

命じたからには、これを追求しなければならぬ。
どこまでもトコトン追求しなければならぬ。
それが命じた者の責任ある態度というものであろう。


やっぱり大事なことは、他人の評価もさることながら、
まず自分で自分を評価するということである。自分のしたことが、
本当に正しかったかどうか、・・・
素直に正しく自己評価するということである。


こどもの心には私心がない。とらわれがない。いいものはいいし、
わるいものはわるい。
だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。




言葉グセとは本当に恐ろしい。心に思う。常に言葉に出す。

何百回、何千回と言葉にするうちに、本物になるから不思議です。

最初は真似事でもよいから、言葉グセを実行してみる。

正しい信念に裏づけされた言葉は、人を動かす。

人の言葉に耳傾けることこそ、企業を、会社を前進させる

唯一の方法ではなかろうか。それが、たとえアルバイトであっても

パートタイムであっても、社員であっても一様にコミュニケーション

することで、よりよいリーダーシップも取ることができる。

また、小さな意見を会社経営に反映することが出来る。

どんな人の意見をも聞くことは、自分を向上させ、ひいては

企業を向上させる唯一の方法に他ならない。


瀬戸内寂聴さんのこと

村瀬明道先生からはじまったこのブログですが、同じ尼僧として

忘れてはならないのが、瀬戸内寂聴先生です。

先日、文化勲章をお受けになりましたが、私が初めて

お会いしたのは、かれこれ20年も前のことでしょうか。

小柄な方でしたが、存在感がありました。

あるパーティーで、お会いしたのですが、そこには、

あの、ロッキード事件で世間を騒がせたメンバーや

○○ヨットスクールの○○さんも同席でした。


瀬戸内さんのスピーチに感動したのを覚えていますが、

前述の方々には、(一概には言えませんけれど)

馬の耳に念仏だったのでしょうか?

しかしこの方々が、日本経済をリードしてきたことは

紛れもない事実です。

もうお一人、池田智鏡さんも尼僧です。

尼となることが運命であったのなら、恋という因果が

尼にならしめたのかもしれません。

説法や相談などご活躍のお三方ですが、共通して

恋を経験し、裏打ちされたものがあればこそ

出来うることかもしれません。


話をパーティーのお歴々に戻しますが、人を引っ張って

いく立場にあり、リーダーシップをとる立場の方々が

失脚せざるを得ないことになったのは、リーダーたる

魅力がなかったのでしょう。

日本有数の会社のトップに求められるものは、一種のカリスマ的

経営手腕であり、経営者たるものの基本を後の者に

受け継いでいくことです。


確かに企業を育て上げてきた、また守ってきた功績は評価されますし、

自信でもあったでしょう。 その自信が驕りに変わったとき

突然変わり始める。 ワンマンで周りのことにも耳を貸さず、

裸の王様になってしまった。

部下あるいは、周りの人とのコミュニケーションを図り

適切なアドバイスやコーチングをすることで信頼関係も

生まれてくる。

心の修養を積み、人物を修め、コミュニケーションを図り

一方的に押し付けるのではなく、社員の能力を十分に引き出し

コーチングしていくことが真のリーダーシップであり

企業を円滑に機能させる唯一の方法ではなかろうか?



尼僧お三方の金言・名言はともすれば個人の悩み事相談のように

思えるかも知れないが、その中には世の中を生きていく

基本的な教えが、散りばめられているのです。


これを会社経営に、企業経営に活かすことも十分出来ると思う。

瀬戸内寂聴さんの講話を聴くにつけ、そんなことを思うのです。


村瀬明道先生の言葉、面倒くさい。

面倒くさいと思ってつくった料理は、面倒くさい味になります

村瀬明道先生の言葉ですが、

何をするにも、面倒くさいと思ってすれば、

面倒くさいものになってしまうでしょう。

製品であれば、ロスが増える原因のひとつになりますし、

企画であれば、いくら良いプレゼンテーションをしても

人を動かすものにはならないでしょう。

料理なら、美味しいものには程遠いことでしょう。


楽しんで仕事をすることが、一番望ましいですが、

せめて、責任を持って、企業の、会社の、店の一端を

担っていることを忘れないで、仕事をしたいものです。


もっと、効率よく出来ないか、もっと心に訴える

プレゼンテーションができないか、常に創意工夫をすることが

ひいては、自分の力になり、企業の力になり、

自分をも、豊かにしてくれるものであると思うのです。

ゆくゆくは、リーダーとして活躍する時には

必ず財産となるでしょう。



村瀬明道 先生の金言

【金言】随時書き込んでいきます。


満月面倒くさいと思ってつくった料理は、面倒くさい味になります

満月死ぬまで相手を想うそれが 人を愛するということ
 
満月自分を誤魔化すことが一番罪深き事

満月人間は一人で生まれ一人で死ぬ。
       生まれた時が別々やったから死ぬ時も別々なの。
       やがて来るその時まで人生を楽しむべき。

満月空気と水と親の恩なくして人は生きていけない。

満月不自由を嘆くより自由を持ち行く 喜びを知る

満月料理は「君がため」につくるからこそおいしくできると信じている

満月私が嫌うのは、しきたりではなく、しきたりに縛られる心なのです。

満月毎日のように野菜たちと接してたら、ある日突然、
     向こうから、「こういう風に炊いてくれると
     いちばんおいしいですよ」と
     教えてくれるようになったのです。

満月台所で野菜を手にすると切り方から味つけ、
     器に盛るまで彼女たちがどういう風に扱ってもらいたいか、
     一生懸命歌うのが聞こえてくるのです。

満月一日に三遍の食事がいただけるのが、平穏無事で幸せなときと
     違いますやろか





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